可笑しな頼まれ事

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奥様と旦那様は顔を見合わせて、何を思ったのか背中を押して、私を奏人くんに近付けた。 「じゃ、私達はそろそろ御暇するわね」 「えっ?」 「美咲、先に帰るわね」 えっ。 "なんとかするのよ"と口パクで言われ、そのまま二人は逃げるように病室を出た。 ちょっと待って…。 なんとかするって、何をしたらいいの…。 「…行っちゃったなぁ」 一人ぽつりと取り残され、おずおずと後ろを振り向くと奏人くんも気まずそうにしている。 包帯や絆創膏が、胸がぎゅっと締め付ける。 かっこいい顔が、これじゃ台無しだ。 事故ったばかりなのかな、いつ治るんだろう。 耳をすませて、何かを聞き取ろうとする彼に焦りを感じる。 話せないのに、どうやってコミュニケーションを取ればいいんだろう。 …あ。 目の前にある、布団から出ている手を恐る恐る突ついてみた。 「はは、なにそれ」 奏人くんの笑い声ってすごいな。 お日様に照らされたように、あったかく感じる。 書いたら、分かってくれるかも。 開かれた手の上に人差し指を置き、ゆっくり一文字ずつ書いてみる。 「こ、ん、に、ち、は?」 首を傾げる彼は楽しそうに笑っていて、正解だという意味で二回ちょんちょんしてみた。 「ははっ、こんにちは」 良かった。 これなら、話せる。
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