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「…だめに決まってるわ。でもそれだけ、旦那様達も必死なのよ、美咲さんで全部賭けてるから」
人を騙してるとか、悪いとか、もうそういう次元の話じゃない。
この家全てが、かかってるんだ。
自分に課せられた事の重大性に、身震いがした。
「…雫、ごめんね。こんな事までさせてしまって」
肩に手を回したお母さんは、自分の方に引き寄せて。
皺だらけの手は、愛情に溢れてる。
「なんでお母さんが…謝るの」
「あたしのせいで、嫌な思い、させて…っ」
嗚咽を堪える苦しい声に、心が、握りつぶされたようだ。
お母さんは、何も悪くないのに。
本当に、誰も悪いとか、ないのに。
多くを望んだ事は、一度たりともない。
ただ普通の人のように、過ごしたいだけ。
それなりに自由があって、それなりに楽しいことや苦しいことがあって。
本当に、普通でいい。
むしろ普通より少し劣っていてもいい。
このちっぽけな事が、私の最大の願い。
皆からすれば当たり前のような生活が、私とお母さんには、遠い、夢のまた夢のような暮らし。
なんでこんなにも世の中は、不公平なんだろう。
「しずく、ごめんね…っ、ごめんっ…」
「…泣かない、でっ、お願い、だから…」
私は平気だから。
こんなの、慣れっこだから。
だから泣かないで。
世界で一番、愛すべきお母さんには、笑っていて欲しいのに。
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