甘酸っぱい謎に悪魔の誘惑

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音楽のない静寂な車内に響く、バーガーの包み紙がカサコソと擦れる音と彼の鼻歌。 聞き慣れたそのメロディーが、変に心地良い。 知らない人の車で、ハンバーガーを食べている自分。 とても不思議な光景だなと、何故か第三者になってそんな事を考えている。 彼はというとポテトを口に運びながら、フロントガラス越しに何かぼんやりと見つめている。 「…あの」 「んー」 「私たち、昔何処かでお会いしました?」 「なに?口説いてんの?」 …なんで、そうなるんだ。 こっちは真剣なのに、お兄さんは試すような憎たらしい笑みを覗かせた。 「お名前、なんて言うんですか?」 「ハル」 ……ハル、だけですか。 それだけじゃ、全然アテにならないんですが。 「苗字はなんですか?」 「なにこの尋問。警察呼ぶ気?」 「ち、違いますっ。とにかく教えて下さい」 「五十嵐」 五十嵐 ハルさん、……か。 やっぱりそんな人、記憶にはない、はず。 「いくつ、なんですか?」 「いくつに見える?」 「…25、とかですか?」 「ぶっぶー。惜しいけどね」 楽しそうに窓を数センチ開けた彼は、慣れた手つきで煙草を取り出した。 唇で摘むように咥えて、顎を傾めに火を付ける仕草は大人の男性そのもの。 父親がいない私にとって、そういう対象は旦那様くらい。 それでも滅多に家に帰らないのだから、すごく目新しいというか、まるで未知なる空間に入ったような錯覚を起こす。
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