甘酸っぱい謎に悪魔の誘惑

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退院まで、あともう少ししかないのに。 そう思っている反面、行かなくて良かったと安心している自分が何処かにいる。 会いたい、話がしたい。 会いたくない、これ以上悲しくなりたくない。 矛盾した二つの欲求が、絶え間無く交差する。 それでも机に置かれた、丸みの帯びた彼の宿題を見ると前者の思いが打ち勝って。 急き立てられたように身体を起こした。 あと一週間で、終わらせなければならない。 今やらなきゃ、間に合わない。 お母さんに心の中で謝って、布団から出る。 タンスから厚みのあるスエットの上下を出して、服の上から着た。 …よし。 喝を入れて、ケースから三角刀を取り出した。 ケータイで検索した画像を見ながら、貝の溝を鉛筆で書いていき、その線に沿って溝を掘り始める。 神経を集中させるだけ、頭の疼きが増して行くのに。 堪えながらでも手を動かすのは、これだけは私にしか出来ないことだから。 『美咲』 屈託無く、小さな笑窪を見せる彼の心地よい声が響いて。 締め付けられるような、息苦しさを覚える。 "私"が誰だか、知られてないのに。 本当、報われないバカだな…。
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