噂のお方、桜の薫り

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言葉が、出なかった。 やっぱりそうだったのかと思う反面、信じられない自分がいる。 どっちにしろ、驚いたことに変わりはない。 彼から聞かされた"紀子さん"は、こんな人じゃなかった。 『紀子がそそっかしいんだよ、だから自然にそうなったかも』 そそっかしそうなんて、一ミリたりとも感じない。 むしろ何かの大臣の御令嬢という肩書きの方がしっくり来る。 『外では演じてるだけで、本当に絵に描いたようなドジっ子だから』 演じているにしても、オーラが凄すぎる。 こんな綺麗で若い人がお母さんだなんて、誰が想像しただろう。 「とにかく行きましょうか」 立ち上がった彼女は思った以上に身長が高かった。 鼠色のパンツを履いたすらっと伸びた長い脚は彼の病室へ向かって歩き出す。 「あ、あの…」 「何してるの、早く行くわよ」 まん丸な瞳に急かされて、断る理由なんて見つからなかった。 鉛のように重たい足で一歩、また一歩と前に進む。 今から、何が起こるのか。 私は生きて帰れるのか。 まるで裁判所へ向かう囚人になった気分だった。
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