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忍び足で地に着くほど低く屈んで、彼女の位置まで行く。
ツツジと樹木の間という、最高の隠れ場所を確保して、息を潜めて落ち葉で敷かれた地面に膝をついた。
我ながら、本当にとんでもないことをしている。
未成年だから補導だけで済むのかと、思案していたら。
「……♪……」
枝と葉の隙間から、木目の背もたれと群青色のコートが見えるほどの至近距離。
この前よりも遥かに、鮮明に聴こえる小さな歌声。
もしかしたら、偶然同じ曲を友達に教えてもらったのかもしれない。
それでも俺が歌った曲として…覚えていてくれたと思いたい。
忘れられた自分が、彼女の記憶に確かに存在している証拠。
気付いて欲しくないのに、やはりこんなにも嬉しくなる。
「…♪……、…♪…」
何を思って、口ずさんでいるのだろう…。
悲しくて、消えてしまいそうな声に、そんな疑問が過る。
ついには途切れてしまい、離れた先で子供達の笑いが、うっすらと響いてくる。
彼女は黙り込み、ここだけ重い空気が流れてるみたいで、呼吸がしづらい。
その状態がどれくらい続いたのか分からない。
かじかむ手を握り合わせて、冷えた耳を適度に暖める。
口で息を吸う毎に、喉が乾くような些細な不快感に苛まれるけれど。
いつしか緊張も薄れて、ただ時間の流れを遅く感じられるこの空間に浸っていたとき。
「…暗…」
ぽたりと一雫がこぼれたような、不意な呟き。
彼女は仰いでた。
高く、広い、気が遠くなるほどの淡青な空だった。
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