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「だってあの消しゴム、たっちゃんのだって」
「あげたんだ」
「奏人くんに、だよね?」
「あいつじゃない」
「え?じゃ、誰に…?」
「…忘れた」
冷静に考えて、何年も前のことを覚えているという方が可笑しい。
自分なんて最近の、こんな大事なことを忘れてしまっているのだ。
核心に迫っている手応えが、たちまち無きものとなってしまった。
歯がゆくて、悔しくて。
一歩手前で手掛かりを見失った探偵は、こんな気分なのかもしれない。
「じゃあな」
「…うん、今日はありがとう」
バイトへ向かう時間に差し迫り、改札口まで見送ることにした。
切符を買った彼はおもむろに私の頭を撫でる。
いつもと変わらない行為なのに、思いがけず硬直してしまう。
「どうか…した?」
「…大丈夫」
苦しそうで、でも何も言えないような。
すごく複雑な表情をしているように見えるのは、本当にただの気のせいだろうか。
「風邪、ひくなよ」
と言って、彼は最後に頭をぽんぽんとした。
改札口の中へ入っていく後ろ姿が見えなくなるまで見送ったけれど。
その間、実は何度も追いかけたい衝動に駆られていた。
永遠の別れのように感じてしまったのは何故なのか、自分でもよく解らない。
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