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クリスマスなのだからとんかつ屋はそごまで忙しくはないだろう、と甘く考えていた自分は、正真正銘の大馬鹿ものだった。
一人客はもちろん、あまり見ることのない家族連れまで、お客さんが途絶えることはなかった。
水分補充する間もないほどの忙しさがやっと落ち着いてきたころ。
ガラガラガラ……
引かれた戸の音と共に侵入した冷たい北風が、右半身の体温からさらっていく。
テーブルを拭きながら、玄関に向かって微笑む。
「いらっ……」
喉に何かが詰まった。
もれなく思考回路まで塞がられてしまった。
おかげで指令が身体に行き渡らない。
電池切れたロボットみたいに、身じろぎしない。
そんな硬直した私に、整った顔はやわらかに崩れて微笑を浮かべる。
「一人で」
穏やかな口調は、何事もなかったかのように。
余裕綽々とした瞳は、とても愉しそうに。
こんな突然に姿を現すなんて。
ほんの一瞬だけ、本気で幽霊かと疑ってしまった。
…正直、幽霊の方が良かったかもしれない。
人の姿をしたこの地球外生命体以上に怖いものなど、今の私にとって一つもないのだから。
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