聖なる夜を灯す陽

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「俺、そんな事言った?」 「言いましたよっ、言いましたっ」 「それ記憶違いじゃない?物覚え悪いでしょ」 …どうしよう。 全然、言い返せない。 むしろそうなのかもしれないと思い始めてるくらい、記憶力に対する自信は無に等しい。 じわじわと勢いが消沈していく私は、知らず知らずに顔を背けていた。 灰皿にぽつんと捨てられた一つの吸い殻が、やけに物寂しく感じる。 「で、全部聞いたの?」 「えっ、あ…ほんの少しだけ、ですが」 紀子さんと永重さんは、始終、歯切れが悪かった。 あくまでも自身のことではないだけに話しにくかっただろう。 「どうするの?」 「どうするって……」 本音をいうと、そこまで考えられてない。 あまりにも信じ難い内容だったからこそ、未だに飲み込めてない、のが現状。 正直、昨日の出来事自体が幻だったんじゃないかと思っているくらいだ。 『…これだけは分かってほしいの』 胸の中に広がる、切なげな薄い露草色。 滲むように疼いて止まないこの感情は、何なのだろう。 もどかしくて、どうしようもなくて。 でも…嫌いでは、ない。
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