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ご馳走さまでした、と女将さんに微笑んだ彼は席へ戻るなり、ダークグレーのコートを羽織りだした。
もちろん、私もこのまま行かせるわけにはいかない。
「待ってください。プレゼントって、なんで…」
「お詫びってことで。ちゃんと帰りに見てね」
判りずらいが、申し訳なく思ってくれているらしい。
でも置いてくるようなプレゼント、って…。
気になるものの、深く問うのは不躾に感じる。
活発な好奇心をぐっと抑えて、ひとまず先にお礼を言った。
「じゃね」
「あ、あの」
扉に手を伸ばす遥人さんが不思議そうに振り返る。
一通りのことは確かめられたけど、疑問はまだ残っていた。
『だからさ、誰も王子に呪いをかけたって疑わないんだよ』
「魔女は、…誰だったんですか?」
未だにはっきりとしない配役。
だけど唯一の悪であるその人の正体だけは、知っておきたかった。
意表を突かれたようにきょとんとするも、すぐに彼は懸命に回答を待つ私にほくそ笑んで。
「言ってるじゃん、俺の作り話だって」
開かれた戸が迎えた冷気は、グリーンの芳香を鼻腔に運んだ。
ぼんやりと、ハンカチを返せなかったことを思い出して。
いつの間にか、心に漂うほのかな空虚感を噛み締めた。
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