深海の姫と月光の王子

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「しず」 廊下の窓外の桜はまだ、ほんの少しピンク色を帯びている。 その声でそう呼ばれることにまだ慣れずにいる私は、くすぐったい気持ちを抑えておずおずと後ろへ振り返った。 隣にいる有ちゃんに目配りしながら、駆け寄って来てくれた奏人くん。 毎日見ているのに関わらず、一回一回がすごく新鮮に感じるのはどうしてだろう。 「今から移動? どこ?」 「えと、化学」 「マジかよ。階段のぼる時は慎重にな?」 ………そこまで鈍臭くないのに。 そう悪態もつきたくなるけれど。 「こないだ捻挫したとこは? もう平気?」 「……うん」 実はつい先週、何もないところで足を捻ったばかり。 だから素直に心配される他ないのだ。 「あんたってば本当ババくさいわねぇ」 と、有ちゃんはこの上ないほどの面倒臭そうな顔を奏人くんに向けた。 「もしかして俺のこと?」 「あんたしかいないでしょ。毎回毎回あれはどうたらこれはどうたらって、雫は小学生じゃないっつーの」 ババくさいとは一度たりとも思ったことはないが、有ちゃんの言いたいことも分からなくもない。 病院の時からなんとなく解ってはいたが、奏人くんは予想以上に心配性で、どんな些細なことも気にかけてくれる。 そんな扱いなんてされた事もないから、いつもいつも戸惑ってしまう。
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