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夏風に揺れるクレオメの花。
悲しみ誘う蝉時雨。
お香漂う葬祭場に、あの人の家族の一員として私は来場者を迎えていた。
白菊に飾られた祭壇のあの人はとても素敵な笑顔をしていて、
それは彼のデジカメに残されていた写真だったらしい。
涸れることのない涙を拭った時。
不意に一人の女性が目に止まった。
黒い服を纏い、白いというより青白い顔色をしたその女性は、祭壇の彼をぼんやりと見上げて立ち尽くしていた。
その女性はお焼香を済ますと、あの人の婚約者として振る舞う私を、生気のない瞳で一瞬見据えた。
私は何故か確信した。
・・・きっとこの女(ひと)だ。
初めて会う人なのに、私の中の女の部分がそう告げていた。
なぜあの人が、
あの日、あの時、バイクを飛ばしていたのか。
私と目が合った女性は、ハッとしたように私の前を通り過ぎた。
あの日あの人がバイクで逢いに行っていたのも、
遺影の中のあの人があんなに素敵な笑顔を向けていたのも、
紺色の箱に入ったダイヤの指輪を受け取るはずだったのも、
私に終わりを告げないまま新しい恋を始めた相手も、
きっと、あの女(ひと)だ。
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