夏の追憶

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私から心が離れつつあったのに、 それまでの情のせいでそれをなかなか言い出せなかったあの人。 それに気付いていたのに、別れが怖くて切り出せなかった臆病な私。 そんな私たちがこんな結末を招くなんて、 思ってもいなかった。 『・・・ごめんなさい』 悲しみに打ちひしがれたその女は大粒の涙とともに謝罪の言葉を告げた。 今にも消えてしまいそうなほど儚げなその女の震える手を私は握りしめた。 「あなたは生きてください」 「あの人も、私も・・・誰もあなたを恨んでなんていないから」 「だからあなたは幸せになって」 「あの人の分まで、絶対に幸せに生きて」 両目から涙を零したその女は、深々と頭を下げるとそのまま立ち去って行った。 お願いだから、あなたは早くあの人を忘れてしまってほしい。 あの人を思い出すことがないくらい、幸せな人生を送ってほしい。 だって、あの人は私だけのものだから。 あの人に愛された記憶を持つのは私一人だけで十分。 あの人を愛して、あの人に愛されて、私からあの人を奪った女。 私はその女の後姿を見つめて、 ほくそ笑んだ。 あの人は・・・・返してもらうから。 私がいつまで経っても悲しんであの人が浮かばれないなら、いつまでも悲しみに浸ってやるわ。 死んでもなお、あの人が私を気にかけて心配してくれるなら・・・私は幸せになることを放棄する。 私はあの人の冥福なんて祈らない。 私を裏切ったあの人を決して天国になんて行かせやしない。 私も地獄に行くから。 だから、地獄でまた出逢いましょう?
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