1,テナー

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【 テナー 】 昔から、私は何をするにも冴えない子供だった。 サラリーマンの父と、パートをしながら私を育ててくれている母。 ごく平凡な家庭で育った私だけれど、私自身は平凡にはなれなかった。 無個性で、引っ込み思案。 人の前に出ることはとても苦手で、自分から行動することは恐怖でしかない。 ましてや私の発言や行動によって誰かに嫌われてしまったら・・・・・・なんて考えると、積極的に友達さえも作れなくて。 その結果、私は世間でいう【ぼっち】というものになってしまった。 そうなると、じわじわとやってくるのが孤独感や虚無感だった。 何もしていないのにクラスで浮いてしまって、教室の中じゃ呼吸をするのも苦しい。 目を合わせられると不安になる。 話しかけられても、上手く応えられる自信がない。 そんな状況に陥ることを恐れて、同級生達を避けて、避けて、避けまくっていたら。 『小坂さんて、協調性がないよね』 なんて言われてしまった。 そして始まった、女子達による総シカト。 私とは深く関わりたくないと、壁を作られてしまった。 それも、仕方ないと諦めてはいるけれど。 それでも、どうしても。 時々、無性にやるせなくなる。 私を見て欲しい。 私という存在を知って欲しい。 本当はこんなのは嫌なんだ。 私はもっと、誰かと肩を並べて歩けるような人間になりたいんだ。 何も知らないくせに、私のことを影で評価しないで。 なんて、一つも言えやしないくせに。 そんなことばかり考えている私という人間は、なんて陰湿で面倒なヤツだろう。 だけどそれが私なのだから、もはやどうしようもない。 旧校舎の屋上。 随分昔から使われなくなってしまった人気のないこの場所で、私はひとり、呼吸をするために横たわる。 青い空を見ると死にたくなる人間が居るらしいが、私は違う。 青い空を見ると、私は・・・・・・泣きたくなる。 情けない自分に辟易して、そんな自分を変えられなくて。 後は全部、私を理解してくれないみんなが悪いんだと思い込んで。 自分という殻に閉じこもるばかりだ。 まるでテナーのように低い音が世界を覆って、私の見えている景色は薄暗い積乱雲みたいに荒れている。 そんな気分が嫌で口ずさむのは、いつか父が歌っていた「上を向いて歩こう」。 だけどその歌声は、ほんの少し、情けなく震えていた。  
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