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「バンドに入らない?」
突然に声をかけられ、また、聞きなれない単語を耳にしたものだから、私は一瞬それらの言葉を理解するのに時間が掛かった。
だからそのまま聞こえなかった振りをして、声の主を無視して靴箱の扉を開ける。
上履きの中に紙くずを入れられているのを見つけて、それすらも無視した。
別に目立ったイジメを受けているわけではないけれど、私がクラスで浮いているせいか、たまにこうして思いついたような小さなイタズラをされることがある。
それも、本当にたまにのこと。
けれどそれをこの人に見られたことは少し恥ずかしい。
ノートの切れ端のような紙くずをポケットに入れて、靴を履き替える。
その人はそうしている私を見つめて、ずっと側に居た。
だんだんと視線が苦しくなってきて、上履きを履き終えたと同時にその場から逃げ出す。
どうしてこの人が私に近付いて来たのかはわからないが、とにかく誰かと関わることは避けたかった。
影で何を言われるかわからないし、いちいちネガティヴにそれを感じ取ってしまう自分も嫌いだ。
だというのに、その人は慌てた様子で私の腕を掴み、強引とも言える力で私を振り返らせた。
「ちょ、無視は酷くない? 俺の話、聞こえてなかったわけ?」
振り返った拍子にしっかりと見てしまった声の主、その人は、校内で先生たちに問題児と呼ばれている男子生徒で、私よりひとつ上の美影 皇士(みかげ こうじ)先輩だった。
軽音部でボーカルとギターをしているらしく、チャラそうな見た目と性格をしているのに女生徒達には人気が高いらしい。
私には良くわからないし、関わりたくない人種とも言える。
「・・・あの、すみません、急いでるので」
「えー? 少しくらい考えてもいいんじゃない?」
「誘われた意味が、わからないです」
私をからかっているとしか思えない。
というか、私という存在を彼が知っていたとも思えないのだ。
クラスどころか学年さえ違う。
接点はこれまでに一度もなかったし、私と彼はあまりにも正反対。
向こうがスポットライトの下に居る人間だとしたら、私はきっと日陰でジメッと生えたキノコとか、苔だとか、そんなもの。
誰かに注目されるような生き方なんか私はしてないし、目立つ側に居る人間とは関わるべきじゃないと思っている。
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