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「……どうして、私なんか……」
バンドに入らないか?
そんなもの、冗談以外の何ものにも聞こえない。
彼の側に居るだけでも噂が怖くて息が苦しいというのに、それを他の人に見られるだなんて考えただけで死んでしまえそうだ。
喉にせり上がる恐怖がいまにも口から溢れそうでうつむく。
どう探したって、先輩が私を勧誘する理由が一向に見つからないのだ。
わけもわからず頷くことも、簡単に人を信用することも怖くて仕方ない。
だんだんと呼吸さえままならなくなってきて、顔を上げられない私に先輩は舌打ちを落とした。
「私なんか、じゃなくて、お前だから誘ってるんだけど」
至極不機嫌そうに低くこぼされた声。
ハッとして先輩を見上げれば、眉間に深いシワを刻んで憤慨に満ちた表情をこちらに向けていた。
思わず眉をしかめれば、私の腕を掴む力を少し強めて先輩がハッキリとこう言った。
「お前、俺が居ないと思ってここに来てたんだろうけど、毎日歌っているのを俺はそこから聞いてたんだよ」
チラリと、視線だけで先輩が示した場所は給水塔。
扉の上にあるそこは、いつ壊れてしまうかわからない古びたはしごがあるだけで、登ってみようとは思わなかった場所だ。
そう言えば、昼休みになると先輩はどこぞへ消えてしまって、誰も探し出すことができないという話を聞いたことがあった。
まさか、毎日同じ場所に居ただなんて…。
いっそ目眩さえ感じて、ますます自分が惨めに思えてしまう。
「や、勝手に聞いてたのは悪かったけどよ。でも、いつもすげぇなって思ってたんだよ。そしたら、昨日のあの歌だろ?もう我慢出来なかったんだよな」
なんとなしに上目遣いで見上げた先輩は、心底申し訳なさそうに眉根を下げていた。
だけど、我慢とはなんだろう?
まさか、聞くに堪えなかったとか?
ああ、嫌だ。
このまま屋上から飛び降りて消えてしまいたい。
そんな思考がだだ漏れだったのか、先輩は慌てた様子で言葉を付け足した。
「いや、すげぇかっこいいなって思ったんだよ。誰に聴かせるでもないのに、魂こもっててさ。歌ってる時の声も、心臓を鷲掴みにされるみたいに強くてさ、かっこ悪いかもだけど、ものすごくドキドキしたんだよ」
「…すみません、言っている意味が良くわからないです」
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