あいつ

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 たとえば君が傷ついて  くじけそうになったときは  必ず僕がそばにいて―――― 「たとえばの話なんだけどさ」  そう言ってあいつは話し始めた。真剣なような、それでいてくだらなさそうな、そんな顔だった。 「この世界が狂っていたとして、自分だけが正常だと思ってたとしよう。でも、それが実は全くの逆で、自分が狂っていて世界が正常だったとする。そんな時、君ならどうする?」  それは、いつも通りの下らない問いかけだと思った。深いようでいて、そうでもない、意味のわからない下らない問いかけ。  だから僕は、いつも通りに適当に答えた。 「まあ、自分は狂ってないと主張するとか、世界が狂ってるんだと言うとか、何も出来ずにただ事実に愕然として、只管に震えてるとか?」  そこであいつは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。 「もしくは絶望して、自ら死ぬか、だ」 「そうだな。そういうこともある」  いつも通りの、よくわからない話だった。だから、僕はいつも通りにギターを弾きながら適当に答えた。  その二日後、あいつは自殺した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加