4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
紀尾井町通り(弁慶橋方面から)
僕が彼女と初めて歩いた道。だから、僕にとっては、特別な場所だ。
ブランドショップに高級車。小奇麗な並木道は歩いているだけで気持ちがいい。
彼女に初めて恋をしたのはうちの会社の会議室だった。取引先との打ち合わせに遅れた彼女は、「すいません。遅れました」と申し訳なさそうに小声で、それでいて何故か楽しげにそう言った(彼女はよくこういう表現しづらい行動をする)。これまで何度か社内で会うことはあった。でも、好きになったのはこの瞬間だったと思う。
大きめの窓から太陽が差し込んでいたのがいけなかった。自然の光に当たった彼女が、こんなにも白く透明だとは知らなかったんだ。僕は思わず取引先そっちのけで、彼女の説明する姿にみとれた。話なんか、ちっとも聞いてやしなかった。
勘違いかもしれない。自分の気持ちと太陽に輝く彼女を、僕はもう一度確認したいと思っていた。そして、そのチャンスがようやく訪れた。一緒に外出することになったんだ。
その日はちょっと肌寒かったけど、天気は曇り時々晴れ。会社から赤坂見附、弁慶橋までの横断歩道と皆で歩いた。彼女以外の同僚、とぎれとぎれの雲、首都高速の影、邪魔者は予想以上に多く、目的はなかなか達成できなかった。
でも、僕は運に見放されなかった。弁慶橋を渡りきったあたりから日が差してきた。タイミングよく、彼女は僕の隣を歩いていた。
「今日はお散歩にちょうどいいですね。」
桜並木からの木漏れ日がちらちらと彼女に降り注いでいた。
「今度は、この先にあるお店に一緒に行きませんか。」
「ああ、いいよ。」
僕は上の空でその時を待っていた。もうちょっとだ。ニューオータニに入る車のために、桜並木がそこだけ途切れているんだ。
「約束ですよ。私、社交辞令なしなんで。」
そう言って微笑んだ彼女は、ようやくたくさんの光の中にいた。
こうして僕は、この通りで、彼女に二度目の恋をしたんだ。
最初のコメントを投稿しよう!