2 森のなかの謎の洋館

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   「犬彦さん、ほんとうにあの車、廃車にしちゃうんですか?」    おそるおそる訊ねてみる。  革張りのソファにゆったりと身を預けながら、実にリラックスした様子で窓の外を眺めていた犬彦さんは、のんびりと答えた。  「俺の車じゃねーからな」  「犬彦さん!」  思わず声を荒げてしまう。  犬彦さんのことは尊敬しているし、犬彦さんの決断はいつも正しいと思っている。  だけど犬彦さんは、ほんの少し(だと信じたい)モラルが欠如しているところがある。  犬彦さんのためを思うなら、家族として、そのモラルの歪みをこの俺が正さないといけないのだ!  ぼんやりと風景を眺め続けていた犬彦さんは、その視線を俺に移すと、ふっと微かに口の端を持ち上げた。  抗議を込めて、じっと犬彦さんを睨んでいた俺だったが、その本当にささやかな微笑みを見て、すっかり毒気を抜かれてしまった。  基本、ポーカーフェイスの犬彦さんが笑うなんて、月食並みに珍しいことなのだ。  「まあ、いつかパンクを直したら、栄治に返却してやるよ」  あっさりとそう言って、犬彦さんはハーブティーを口にする。  なんだ、廃車うんぬんっていうのは、冗談だったのか。  穏やかにお茶を飲んでいる犬彦さんの姿を見ながら、ほっと胸をなでおろす。  安心したら、なんだか腹がへってきたので、お茶請けのクッキーに手をのばした。  「だが…」  犬彦さんは目を伏せて、ティーカップのなかを静かにみつめている。  「車なんかどうでもいいから、早くここから立ち去りたいってのが本心だ」  そう囁いた犬彦さんの声には、警戒色が混じっていた。
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