7人が本棚に入れています
本棚に追加
「あのな、タカはもう前に進んでもいいと思うんだ。新しい環境で友達を作って、恋をして。それなのにお前、いつも一人でいるらしいな」
陽祐さんは顔が広い。
それは愛佳と共通するところだ。
二人とも明るくて、いつも笑顔で、面倒見がよかったから。
「そっちにいる知り合いに聞いたんだから、言い逃れはできないぞ」
「聞いたんだ…」
電話越しに、控えめな苦笑が聞こえる。
だけど、僕は──
「今でも、あのときみたいになるのが恐くて」
この気持ちが支配するのだ。
言葉を紡ぐ僕の声は、震えを止めることはなかった。
「あのとき二人をきちんと別れさせなかったことも、母さんが投げつけた言葉も、きっと原因なんだろうな。
でもな、嫌かもしれないけど、一回帰って来てくれ。タカが進むためでもある。だけど、このままだと愛佳も、彷徨い続ける」
真剣すぎるその声と言っている内容に、違和感がある。
だって、愛佳はもう生きていないのに。
だけど、少し高めで明るいその声が、いつもより低く真剣なものだということだけはよく分かった。
「でも、愛佳はもう…」
「言いたいことは分かる。だけど、あの場所で浴衣を着た幽霊が出るって噂があるんだ」
冷静に装っていた声が少しだけ上ずって、興奮していることを示す。
「俺だって偶然だって思ってた。つか、思いたかったよ。けど、あのときの愛佳と浴衣の柄や髪型、背格好全部同じなんだぞ。もし、愛佳がずっとあの場所で迷ってるなら、タカに会いたいからじゃねーかって思うだろっ」
陽祐さんは優しい人だと思う。
この人は行動力があるから、僕を迎えに来て、むりやり連れていくことだってできるのに、こうやって、自発的に帰ってくるように話をしてくれる。
だからかもしれない。
「本当に愛佳に会えるなら、僕も会いたいけど」
心にとどめておこうと思った言葉を、気づけば口に出していた。
あの日からどんどん疎遠になった人とは違い、こうやって気にかけてくれる唯一の相手。陽祐さんには、僕も少しだけ、素直になれた。
最初のコメントを投稿しよう!