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駅から降りて、海の方へ向かう。
この花火大会は海上に打ち上げがあるからだ。
少し離れた場所にある広い港を、今夜だけは開放して、花火大会の会場にしている。
『久しぶりっ』
駅から出たところで、明るい女の子の声が聞こえた気がしたけど、回りには誰もいない。
ただ、愛佳を失ってから冷え切っていた心が、ほんのり温かくなるような気がした。
ここに愛佳がいるのだろうか。僕を待っていてくれたのだろうか。
それは、分からない。
だけど、ほんの少しだけ、歩く速度を落とした。
あのとき、僕がゆっくり歩いていたら、二人の運命は、別れていなかったかもしれない。
そんな思いに駆られたから。
3年前──高校最後の夏。受験に追われて余裕がなくなりそうな僕に、愛佳が息抜きをしようと言った。
花火大会に行こう。少し休んで、また頑張ろうと。
息が詰まっていたのは事実で、午前中はしっかり勉強して、午後から花火大会に行く準備をした。
駅前で落ち合って、一緒に電車に乗って、花火大会に向かった。
キレイな花火を見ていると、心が癒されて、一緒に来てよかったと心から思ったんだ。
いつも明るい愛佳だったけど、この日はいつも以上に笑っていて、笑顔が花が咲いているように見えた。
それが、これからの希望に見えた僕は、つられて一緒に笑っていた。
僕が歩く少し後ろを、ゆっくりとついてくるように歩く帰り道。
駅の近くの交差点を歩いていたとき、トラックが蛇行するように走っていた。
危ないと思って、愛佳の傍に寄ろうと振り返ろうとしたとき、誤ってアクセルを踏み込んだのだろうか。
愛佳に向かって、一気にトラックは突っ込んでいった。
駆け寄ろうとした僕の目の前を、トラックが走り抜けていく。
愛佳がトラックに気づいたときには、もう逃げることもできず、そのまま──
その瞬間は、時間がゆっくり流れていった。
声なんて、出なかった。まるで、声を失ったかのように、何も言葉が出なかった。
気づけば警察の人がいて、見渡せばパトカーや救急車が駆けつけてきていたけど、それがいつだったのか、僕にはまったくわからない。
あのとき、同じ場所を歩いていたとしたら、僕と愛佳は、どうなっていたんだろう。
今となっては、もうわからないこと。
愛佳はそのときに死に、僕は生きた。
もう取り返しはつかない。過去に戻ることはできないから。
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