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「何だ、これは……」
「わたしの思い残す事は無くなりました。だから、行かないと」
宙を舞う光の粒は、海音の体から散っている。
光の中で、海音の姿がいつの間にか透けているのが分かった。
このままでは海音が消えてしまう?
「そんな、海音、待ってくれ、行かないでくれ!」
だめだ、だめだ。そんなの、だめだ。
もう一度ふれようと伸ばした両手は、海音の肩をすり抜けた。
諦めずに何度もその手を取ろうとするが、彼女の手はもう取れない。
「そんな、海音」
「夏樹さん……」
海音の実体はすでに無かった。
影さえも消えている。
彼女の肩の向こうには、夕暮れの闇が迫っていた。
信じられない速さで現実が進んでいた。
僕はどうするべきなのか。
何をするにも時間がない。
どうすればいい。
分からない。僕は地を叩きつけた。
「どうして、どうして! きみの思い残した事って何だ、どうしてきみは満足気なんだ。分からない、分からないよ!」
あんなに元気だったじゃないか。いつでも笑っていたじゃないか。歌が好きだっただけじゃないか。それなのに、どうしてこんなに背負わないといけなかったんだ。
なぜ。
なぜ?
「夏樹さん、私はもう大丈夫なんです」
「そんな、だって、きみは」
上げられない視界に光が差す。
海音がそばまで来ていた。光のせいで、涙で濡れた砂の色が丸わかりだ。
顔を上げると、海音の顔がすぐそばにあった。真っ白な頬を赤く染め、大きな瞳から大粒の涙が溢れていた。彼女も泣いていた。
なのに笑おうと、綺麗な顔をくしゃくしゃにして僕の方を見つめている。
「わたし嬉しいです。わたしのために夏樹さんが泣いてくれて。それだけ想ってくれる素敵な人に出会えたんだと、改めてシアワセを感じます。あぁ、なんて素敵な付録だったんだろってね」
「海音……」
「でも、できればもう一つ、贅沢を言わせてください」
「……なんだい」
「笑ってください。わたしは、いつも笑顔をくれたあなたが大好きです。だから立ち上がってください。どうか前を向いてください」
立ち上がる海音。白がひるがえる。彼女は笑顔を僕に向けた。
そして白い手を差し伸べた。
「夏樹さん。さ、歌いましょう?」
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