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甲子園観戦を始めてからこっち、隣の観客に自発的に話しかけたのはこれが初めてだった。にも関わらず、やけに自然に口をついて出てくる、彼女との会話を繋ごうと努める言葉の端々を懐疑せずにはいられない。だが、止まらないのだからどうしようもない。
「第一試合もちゃんと見ましたよ。三塁側で。陽が昇ってきたから日陰にひっついて移動してきたってわけなんです。邪道ですよね」
彼女もそうやってあけすけに笑った。
本当なら、内外野を行き来するボールの行方を追う時間なのだ。だのに、なぜこうも世間話に花が咲くのだろう。僕には不思議でたまらなかった。
「はははっ、そりゃ一本とられた」
ピシャリとデコを打っておどけてみせる。再びの違和感。これじゃまるで、僕が彼女の気を引こうとしているみたいじゃないか。
「野球お好きなんですか?」
「大好きだよ。春も夏も欠かさず来るくらいには」
「私もです」
「君は一人で来たの?」
「はい、やっぱりプレーに集中するには一人が一番ですから。お兄さんもそのクチ?」
「まあ、そんなところだね」
愚にもつかない世間話の種が出てくる出てくる。彼女が笑うたびキラリときらめくあの左眼にその都度、目を奪われる。間断なく話題を提供し、会話を途切れさせないよう努めた。頭の隅で疑念が渦巻く。なぜだ。なぜ、僕は女性との会話を楽しんでいるんだ。
だって僕は……。
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