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「スポーツドリンク、まいど!」
最端の席からバケツリレーの方式で要領よく冷えたボトルが回ってくる。だが、彼女は、よほど試合に熱中していたのか、全く気付いていない様子だった。確かに塁上にはランナーが溜まっている重要な局面。しまった。もう少しタイミングを考えれば良かった。
「おーい、差し入れだよー」
僕の呼びかけで彼女はギョっとしたように手元に運ばれたボトルの容器をぼうと見つめた。まじまじとではなく、あくまでぼうっと。そして、合点がいったのか不意に僕の方になおり「見ず知らずの私にすみません、ありがとうございます」律儀に深々と頭を下げた。
「スポーツなにかやってたの?」
試合終了後のインターバルの最中、彼女に尋ねてみた。
「ああ、分かります?」
「そりゃあ、その焼けた肌と格好を見れば、筆を握ったりお抹茶を立てているようには見えないよ」言ったそばから訂正する。「いやいや、それだけ健康的だってことだよ?」
彼女はまた快活と笑う。機嫌を損ねていないようなのでほっとする。
「野球、やってたんです」
彼女は整備中のグラウンドを見つめながら遠い目をした。
「やって“た”?」
「そうなんです、もう辞めちゃったんですけどね」
「引退したってことかな」
「いえ、大学も女子野球部があるところをわざわざ選んで入学したくらいですから、これからも続ける予定でした。でも……」
彼女は言い淀んだ。
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