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「あ、始まりますよ」
強い浜風が吹いた。砂埃が舞う。
はっと気づいたときには、一番打者が拍手の中、打席に立ち、あのけたたましいサイレンが場内にこだましている最中だった。
言葉通り、食い入るように試合に集中する彼女を横目に僕は気が気ではなかった。無論、試合内容を把握することにそこまで頓着しないという姿勢は今に始まったことではない。だが、根本的に今までと異なっているのは、白球すら僕は追えていなかったということである。
彼女は両校に等しく声援を送った。野手のエラーには自分のことのようにため息を漏らし、ホームランが出ると満腔の思いで拍手を送る。彼女からは、選手たちへのリスペクトがひしひしと伝わってくる。
ただ、不可解だったのは、それだけ試合に集中している筈の彼女が試合の最中に頻繁に席を離れたことだ。帰ってきた彼女はいつも手ぶらだった。名物の甲子園カレーを買ってくるわけでもなしにである。薄化粧だから頻繁に化粧直しをする必要はないだろうし、だとすると頻尿かとも思う。脱水症状が心配だ。
おかしなことに、この段階になると、僕は試合そっちのけで彼女の一挙手一投足を横目で伺うことに躍起になっていたのだ。
僕は声を張り上げる売り子の兄ちゃんにジェスチャーと口の動きだけでドリンクを彼女に渡すよう告げた。無論、下手に声をあげて彼女の邪魔をしないようにだ。
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