50人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
背中から、あなたの寝息が伝わってきました。
どんな夢を見ているのでしょう。
あなたも、私と同じように、港町で育った人。
だからでしょうか。
こんなにも、一緒にいて居心地がいいのは。
あなたは、洗濯機の音を、波の音と間違えたりはしません。
故郷が恋しくないのか、と尋ねたことがありますが、あなたは、恋しくない、と答えました。
そんなに、楽しい思い出はないから。
というのが理由。
私には、楽しい思い出がいっぱいありました。
つらいこともいっぱいあったはずなのに、思い出すのは、きらきらとした事ばかりで。
海の見える公園で、時間も忘れて友達とおしゃべり。
初めてできた彼氏と、波の音を聞きながらの散歩。
失恋や仕事で失敗したときは、ぼんやりと海を眺めていたら、気持ちがすっきりしました。
帰りたいな。
ふと、思います。
そのたびに、帰る場所なんてないんだ。
と言い聞かせます。
今までの自分、育った街、すべてを捨てようとあの時は思ったのです。
だから、旅に出たのです。
もう、二度と戻ることはないだろう。
そう思って、家を出ました。
真夜中にキャリーバックを引きずって。
あれは、逃亡だったのかもしれません。
振り返ることはしない。そう思いながら旅を続け、たどり着いたこの場所。
3年間、私は、この海のない街で生きてきました。
なのに、どうでしょうか。
洗濯機の音で、涙ぐんでしまうなんて。
最初のコメントを投稿しよう!