波の音

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非常階段の隅で、ひとり泣いているのを、煙草を吸いに来たあなたが見つけてくれました。 「どうしたんだよ」 あなたは、やさしい声をかけてくれました。 「バカって言われました」 「バカ?お前、バカなのか?」 「バカじゃないです」 「じゃあ、言い返せよ。バカじゃありませんって。そういう時は、言い返さなきゃダメだ」 あなたは、私を上司のもとへ連れて行きました。 嫌だったけれど、あなたは、私をひきずるようにして、連れて行きました。 「こいつ、話があるみたいなんで、聞いてやってください」 あなたは、わたしを突き出しました。 「なんだよ?」 上司の怖い顔。 思いきって、口を開きました。 「私は、バカではありません」 すると、上司は急に吹き出しました。 「じゃあ、アホだな」 それを聞いていた周りの人達も、つられて笑い出しました。 やっぱり、私は、道化師のままだ。 「ちょっと、待ってください。こいつ、朝は皆より早く来て、掃除してくれているし、嫌な仕事だって、進んでやってるし、皆が帰った後も、勉強してますよ。それでも、アホですか?」 あなたは、私の隣で、そう言ってくれました。 自分を、見ていてくれた人がいたなんて。 私は、嬉しくて涙がこぼれました。 その涙のせいか、それとも、あなたの言葉のせいか。 上司と同僚は、笑うのをやめてくれました。
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