波の音

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あれから、1年、2年。 訛りもだいぶとれました。 新人の子に、故郷の名前を言うと 「全然そう見えないですね」 と言われるくらいです。 訛りがとれたのは、嬉しい半面、寂しい気持ちがありました。 故郷をどんどん忘れていくような気がして。 捨てたはずの故郷を、忘れるのが嫌なんて、矛盾してますが。 あなたとは、部署が変わって、疎遠になってしまいました。 だけど、あの時、私を救ってくれた恩は、いつか返そうと思っていました。 廊下で、たまにあなたの背中を見つけることがありました。 すっと、伸びた背中。 迷いがなく、いつもまっすぐで。 私もああなりたいと思っていました。 そんなある日の休日。 同僚の誕生日プレゼントを買いに出かけた時のことです。 なかなか気に入ったのが見つからず、あきらめて家に帰ろうとした時でした。 すっと伸びた背中を見つけました。 思わず見とれていると、それは、振り返り、あなただったので、驚いて声が出ませんでした。 「何やってんの?」 休日で私服のあなたは、いつもよりとても柔らかい印象でした。 「ちょっと、買い物に」 「買い物か。メシは食った?」 ちょうど、お腹がすいていた頃でした。 「いいえ、まだ」 「じゃあ、一緒に食う?」 思いがけなく、あなたと一緒に食事をすることになりました。
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