1.NOISELESS

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 1.NOISELESS

背の高い壁に囲まれた歴史を感じさせる寺院は、溢れる人の波にもかかわらず、ひっそりと佇んで悲しみを見守っていた。 時間を重ねてきた太い木製の柱で構えられた門は、古いというよりは厳かな気品が漂う。 壁沿いの歩道には互いに見知らぬ人々が言葉もなく待ち並び、穏やかに降り注ぐ雨の音が、堪えきれずに小さく漏れる慟哭を掻き消した。 九月が終わる日の雨は霧のようにやさしかったが、人々の躰をだんだんと濡らしていく。 それでも傘を差す人は疎らだった。 出入りがやむことのない門を潜ると、開放された寺院の奥には、遠くからでも目が届くようにとたくさんの花に囲まれ、大きく飾られた写真があった。 その瞳と口もとにはかすかな笑みが宿っている。 それは神瀬祐真がソングアーティスト“ユーマ”として見せた最高の笑顔だった。
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