SANDAI 49

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憤りにふるえる僕の腕は彼女の細い腕にとらえられ、この足湯に着くまで離されることはなかった。彼女の心を傷つけた言葉は、もしかしたら、これから僕が彼女に言おうとしている言葉とおなじかもしれない。でも、僕はもうそんなことは考えられないくらいのぼせている。耳の奥で脈うつ自分の鼓動が蝉の声をかき消して、のども胸も息苦しい。吐き出してしまえばいい。 鼻をすする音がして、次の言葉を言おうと彼女が息を軽く吸い込んだのがわかった。 楽になりたかった。だから僕は彼女の言葉を聞く前に口を開いた。 「どうでもいいんだよ。おまえがどんなでも、おまえはおまえで、俺はそれを知ってる。俺がそれでいいって思ってるんだから、だから、おまえはそのままでいいだよ!」 彼女は大きく目を見開いて僕をみている。今までうるさかった蝉が突然だまりこんで、彼女と一緒におどろいているみたいだ。 支離滅裂な言葉は小さな足湯にポツリと浮かんで行き場をうしなっている。涙が出た。生ぬるいそれがあごまで流れてポタリと垂れる。彼女がだんだんと遠のくのがわかった。ゆっくりゆっくり、湯気の中にかすんでいく。 僕から離れようとしているのに、彼女は僕に手を伸ばしている。目を見開いたまま何かをさけんだ。声は聞こえない。口元を見て何を言っているのか考えた。 「は、な、ぢ、で、て……」 ああ、鼻血ね。僕はそう理解しながら彼女が倒れていくのを見ていた。ゆっくりゆっくり倒れていく。そして僕は足湯の中に落ちた。息が苦しい。いや、むしろ息の根を止めてくれ。 僕の守ってきた、まあるい凝りにも似た風船は彼女の一突きで脆くも弾けた。もとに戻ることはない。でも、その衝撃で彼女の心を傷つけたあいつの言葉を吹き飛ばすことはできた、と思ってもいいんじゃないかと思う。 願わくば幼馴染の奇行が彼女の心を少しでも癒すことを。僕はそんなことを考えながら意識を失った。
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