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「後悔してる?」
そう僕が尋ねると、彼女は首を横に振って、「全然」と答えた。やせ我慢や負け惜しみは表情からはうかがえない。
僕の背中はもう汗でぐしょぐしょで、制服のシャツがピタリと貼りついているし、顔は鏡で見なくてもわかるくらいにテカテカだ。
それなのに彼女は僕と全く同じ状況にいるのにも関わらず、涼しげな様子でいる。長く細い髪は時折撫でるように吹くわずかな風にもそよぎ、甘い香りを僕に届ける。
うだるような暑さの中、足を熱湯とも言える湯に浸けてどれくらいの時間がたったのだろう。近くの柱にとまった蝉の声が僕と彼女の沈黙を掻き消し時の流れをうやむやにしていた。
彼女に誘われて久しぶりに訪れたこの場所は、地元民なら誰でも知っているけど、観光客しか利用しない小さな足湯だ。
昔はたくさんの人が浸かりに来たけれど、今はめっきり少なくなり、この真夏の時期の利用者はゼロと言っていい。
そんな場所で僕は彼女と隣り合っている。
彼女が僕に手を差し出した。
子供の頃、数えるのもバカらしくなるほど繋いでいた手のひらは、今も変わらず白くて小さいけれど、やはりあの時とは違う異性を感じずにはいられない。
僕は確実にあの頃とは違う気持ちで彼女の手を握りたいと思っている。
「まだ食うの?」
わざとらしく顔をしかめて言ってから、傍らに置いていたビニール袋に手をつっこんだ。手探りでは見つからず 、中を覗いてみると目的の飴玉は残り四粒だった。淡い水色と霞んだピンク。それぞれに白く角ばったざらめがコーティングされている。
僕は少し考えてから水色の方を彼女に渡した。
「上あごがヒリヒリしてきた」
緊張感の欠片もないぼんやりした言い方で彼女はそうぼやくと、飴玉の包装を破った。ざらめがこぼれ紺色のスカートの上に落ちる。そのまま僕の視線は彼女の柔らかそうな太ももにスライドして、筋肉の少なそうなふくらはぎに到達した。湯に浸かってる部分が赤くなっているのを見てため息をつきたくなった。
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