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「怒んねぇの?」
何でもないようなふりを続ける彼女が、その小さな体にたくさんの想いをぎゅうぎゅう詰めにしているのを知っている僕は、ちょいとつっついてその詰まり具合を確認する。
素人にはなかなか難しい技術だ。彼女のパンパンに膨らんだいくつもの想いは、下手をすると思いきり弾けて怪我をする。
幼稚園で懸命に描いた水彩画を、風邪で欠席していた僕に意気揚々と見せに来る途中で水溜まりに落として台無しにしてしまったとき。
小学校の給食の揚げパンをちぎる手を滑らせ、一口も食べずに床へ落としてしまったとき。
中学の時は、風の強い日の渡り廊下で思いがけず披露することになったスカートの中身が、男子中学生がガックリ肩を落とすような代物だったとき。
他にも色々とあるけど、そういうときはいつだって彼女は僕を連れてここへ来る。僕の役割は彼女の隣に座って、彼女のお気に入りの甘い物を持って、彼女の様子を伺いながら、核心にちょっかいを出すことだ。
揺れる水面を眺めながら、どんな答えが返ってくるかを待ち続ける。カラリと音がなった後に彼女のため息が聞こえた。のぼせてきたのか顔を上げた拍子にふらりと頭が揺れる。僅かに膨らんだ彼女の頬が目に入った。
「怒ってる。自分に」
予想していた返答の一つを聞き、ほっとする。そしてそれと同時に生まれる憤りに目をつむり、僕は「んー」と、どっち付かずな相槌をうった。
言葉の所々で飴が歯に当たる音がして、その度に彼女の頬の膨らみが変わる。僕の小さな、しかし年季の入った憤りをうやむやにするために、彼女の口許に良からぬ想像をし始めた僕は、だいぶのぼせているらしい。
「まあ、いい勉強になったんじゃねえの?」
そう言いながら、僕は残った飴玉を無造作に取りあげ、小さな包みを手のひらで数回握りしめた。粗目はわずかに剥がれ、包装の中でさらさらと音をたてる。視線を感じ取ってそちらを向けば、彼女はぷいと顔を背け、「なんかムカつく」と呟いた。
長時間茹でられた頭は限界間近だったけど、彼女の言葉に同意する気持ちは健在で、今まで秘めてた淡い想いが湯気とともに立ち上る。
「ムカつくよな」
思いのほか強く響いた僕の声に、彼女はきょとんとした。きっと想像もつかないだろう。僕の胸の中にある凝りにも似た丸い気持ちが、今日の事でいびつに膨れ上がって弾けそうなことを。
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