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彼女はいぶかしげに僕の顔を覗いたあと、「なんでそっちがムカつくの」と眉を寄せた。
僕の理性は湯気に立ち上った淡い想いにのみこまれて、もはやかたちのぼんやりした幻のようだ。のぼせあがって頭痛さえ感じる今、口をひらけば僕の心がすべてこぼれ落ちてしまうような錯覚さえ覚える。
「私に怒ってるの?」
不安げにたずねる彼女に、粗目が取れてつるつるの飴玉を放り投げた。淡い水色の飴は彼女の手をすり抜けて白いシャツの胸元にぶつかって、そのままひざの上に転がった。さらりと四角い砂糖が揺れる音がする。
「もう、しゃべんな」
潮時だと思った。だるさをおぼえる足をゆっくりと湯から引き上げて、そのまま彼女に背を向けた。
「私、うざい?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ、めんどくさい?」
「ちがうってば、俺がいいたいのは」
「おしつけがましくて、八方美人で、大人しそうな顔してじつはビッチ?」
「やめろって!」
彼女の言葉は紛れもなく、今日まで恋人だった男が、その友人たちとの笑い話の中で彼女を形容した言葉だった。彼女はその言葉をとびらを隔てた廊下で聞いてしまった。そして僕は彼女のとなりにいた。
「さすがに傷つく。本当のことかもしれないから。でも、私ビッチじゃない」
「知ってるよ」
人一倍気を使うから、あれこれ話題をふってとにかくしゃべり倒すところとか。世話好きだから、頼まれもしないのに先に回って何かやらかしたりするところとか。
嫌われたくなくて、本当は迷ってたけど、なんでもないような顔してあいつを受け入れようとしたこととか。
全部知ってる。
「でも、一番傷ついたのは…」
彼女の言葉がとぎれて、僕はそろりと彼女のほうを見た。湯から足を持ち上げ、ひざを抱えた格好で、さっき僕が投げたあめをじっと見つめている。白い脚に薄いピンクのくつしたをはいているみたいだ。僕はじっと彼女の太ももとふくらはぎをみつめた。後からエロいと罵られても僕は胸をはっていられる。彼女は泣き顔を見られるのをとても嫌うから。
彼女はあいつの言葉を聞いた後、なんでもない顔をして教室にはいった。動揺するあいつとあいつの友達をよそに、彼女は自分で終わらせた。たった一言「もう別れよ」と笑って。
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