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霧深い峡谷に建つリンデガルム城の雨上がりの庭園は、より濃い霧に覆われて、数歩先の景色さえはっきりとは目視できないほどになる。
昨夜の雨は、夜明け前に降り止んだ。けれど、酷くぬかるんだ庭園の地面は、マナが一歩足を踏み出すたびに靴の先を飲み込むようで、あっという間に雨天時用のブーツが泥塗れになってしまった。
「息抜きに外の空気を吸ってきなさいだなんて言っていたけど、庭園がこの状態では息抜きになんてならないわね」
夜を徹してセイラムに付き添っていたマナを心配して、エステルは息抜きの散歩を薦めてくれた。けれど、行き先が雨と霧でぬかるんだこの庭園では、息抜きどころか気が滅入る一方だ。
独り言を口にしながら、マナはくすくすと笑いだした。
「……マナ?」
唐突に声がして、マナが歩みを止める。
霧が濃く、姿ははっきりと確認できなかったけれど、声だけで相手が誰なのかはすぐに判った。
「セイジさん……?」
思い当たった名前を呼んで、数歩前に進み出ると、目の前の霧が薄れるにつれて、相手の輪郭が徐々に鮮明になった。
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