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「聞いていたのか」
「お主が思うよりもずっと、妾は地獄耳なのじゃ」
いつになく不機嫌な視線を向けられたにも関わらず、ディートリンデは気にする素振りもみせない。
一言戯けて返したあと、彼女は物哀しく言葉を続けた。
「……お主にとっては、これ以上ない好条件だったであろう」
「私がきみを従えている今、父にとって兄上は目障りな存在でしかない。私があの話を承諾してしまえば、兄上は用済みになる。父は堂々と兄上を殺すだろう。そういう人だ」
吐き捨てるように告げて、セイジは顔をうつむかせた。
――お前が王位を継ぎ、マナ王女を娶れ。
そんなことは、幾度となく考えてきた。
以前から、病床に臥すセイラムには、無理を押して国政を担わずとも安心して療養して欲しいと思ってきた。
セイラムの身の安全が保障されているのなら、セイジは喜んで父の命令に従い、兄の代わりにマナと結婚したことだろう。
だが、そのようなことは有り得ない。
グレゴリウス王は、王太子セイラムを忌み嫌っている。
その理由も、セイジは知っている。
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