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マナの問いに、男は答えなかった。
風を切る音で、男の耳にはマナの声が届かなかったのかもしれない。
男が再び手綱を引くと、瞬く間に飛竜が高度を下げ、王城の庭園へと舞い降りた。
「あっという間ね! あの丘から王城まで歩けば数刻はかかるのに」
飛竜の背から飛び降り、マナは興奮を抑えきれずに声を上げた。
「元気が出たようでなによりだ」
男はそう言って、はしゃぐマナに背を向けた。その視線の先には、内門へと続く長い階段があった。
確かに気が滅入ってはいたけれど、そもそもこの男は城へ案内させるためにマナを飛竜に乗せたのではなかったか。
不可解な言葉に首を傾げる。同時に今の状況を思い出し、マナは慌てて飛竜の陰に身を隠した。
婚約の宴の前に御忍びで城を抜け出したのだ。侍女のエステルどころか、城中の者がマナを捜しているはずだ。
良い経験をさせて貰った礼に城を案内しようと思ってはいたものの、考えるまでもなく、今のマナはそのような気楽な立場にはなかった。
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