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侍女を呼び出し、階下で噂される婚約相手の情報を聞き出しては、まだ見ぬその姿を想像して楽しんでいたくらいだ。
気が変わったのは、今朝目が覚めてからだった。
いや、正確には、気が変わったと言うのはおかしい。マナが今、胸に抱くこの感情は、もっと複雑なものだった。
記憶が、蘇ってしまったのだ。
見たこともない懐かしい風景。会ったこともない愛おしいひと。
胸を引き裂く狂おしいまでの剥き出しの感情が、十七歳の誕生日を迎えた朝、目覚めたマナの中に濁流のように流れ込んできたのだ。
はじめは夢だと思った。
自分でも、いつ、何故そう確信したのかわからない。けれど、この記憶が過去に何処かに実在した、自身と誰かのものであると、マナにはそう思えてならなかった。
だって、そうでなければ、たった一度見た夢で、こんなにも胸が苦しくなるわけがない。
「婚約なんて無理だよ……」
抱えた膝に顔を埋め、マナは低く唸った。
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