1

4/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「三野田先生、新井さんが来ました。」 「中に通してください。」 三野田と呼ばれた30代前半の眼鏡の女性がそう指示する。整った輪郭にすっと通った鼻筋で眼鏡がよく似合う。さらには後ろに束ねた黒髪で真面目で神経質そうに見えてしまいがちであるが、彼女が常に笑顔を絶やさない故か常に人に安心感を抱かせた。三野田は少し緊張した様子で椅子に座りなおすと手帳を開き何やら確認して閉じた。 しばらくして一人の少女がゆっくりと中に入って来た。痩せていて顔は青白くクマが目立つ。8歳とは思えないほど小柄な女の子だった。 「ゆかりちゃん、こんにちは。どうぞ、そこにかけて。」 三野田は優しく微笑んで促した。6畳ほどの部屋は老朽化が目立ち壁には染みやヒビが目立つが、そんな中でも観葉植物の緑と濃いミントグリーン色のソファやラグが部屋を明るく演出していた。緑系の色はリラックスさせる効果があると言われカウンセリングルームも緑色をベースにしている。 新井ゆかりはソファに腰掛けたが、三野田の顔を見ることなく足元を見て俯いていた。 「この1週間はどうだった?」 ゆかりは手のこぶしをゆるめずさらに力を込めた。怒りによるものではない。何かを思い出して耐えているようだ。 無理もない。新井ゆかりは悲惨な事件に巻き込まれてこの施設に入所した。 三野田がカウンセラーとして働いているのは入所型の児童養護施設であり、何らかの事情で親元で暮らせない子どもたちが入所して生活している。 児童養護施設「神子(みこ)の寮」は、公益財団法人として運営されているがその母体は宗教団体であり、理事には宗教関係者が名を連ねる。宗教団体がこういった児童養護施設などを運営するのは珍しいことではないが、新興宗教であったことやその信者で構成された施設職員による凄惨な児童虐待が明るみになり、カルト宗教の施設として世間を騒がせた。 その後健全な運営を目指して数年前から組織改革を行い、宗教法人が大元の母体であることは変わらないものの職員が総入れ替えになった。宗教とのしがらみのない全くの外部からのテコ入れは功を奏し、各地にグループホームを立ち上げられるまでに至った。その立ち上げに携わったのが三野田の大学の先輩であり、カウンセラーとして三野田にお呼びがかかった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!