第十二章

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 前夜の襲撃を行ったマイダーの騎馬軍団が、砦から少し距離を取った谷間に乗り入れた。  この荒野では草も水も手に入れることは難しい。  おおよそ百五十名の騎馬と共に、主のない空馬が目立つ。 「それで王女を、シトリアの邪教の巫女を、取り逃したと言うのか!」  万騎長タムロンはぴしぴしと乗馬靴を鞭で叩いた。 「ここまで損害を出しておきながら、成果がないと!」  竜に乗っていなければ対等に戦えると思ったのが、間違いだった。  徒歩であっても、不意打ちであっても、あの黄色の髪の大男達はしぶとかった。  軟弱なシトリアの兵と戦い慣れて来た騎馬の民は、激しい抵抗に圧倒され、竜に騎乗する者が出て来た時点で、退却を余儀なくされてしまったのだ。  集まった兵士の中から声が上がる。 「やはり本隊との合流を待つべきだったのだ」 「これほど損害を出して、言い訳が立たんぞ」 「いや、あの裏切者の竜を引き入れるべきだったのだ」 「女を手に入れようと、焦ったな」  タムロンは兵士たちをねめつけた。  マイダーの軍は実力主義。  こいつらは味方ではない、隙あれば同僚を蹴落とし、虎視眈々と上の地位を狙うライバル共だ。  和平の使者と偽って峠を越えるのは、五百名が限度だった。  それ以上の兵力では疑いを持たれてしまう。  峠の制圧も本隊との合流も待たず、半数で先行して動いたのは、シトリアの王女が砦にいるという情報があったからだ。  邪教の巫女を捕らえる手柄を、他に譲るわけにはいかぬ。 (竜と王女を携えて凱旋し、ミロン王に献上するのだ。  俺の実力を、腑抜けた親戚共に見せつけてやる!) 「怖気づいたか。竜の多くが動けないというこの時に!  こんな機会はまたと来ないぞ!気合を入れろ!」
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