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「それでも、愛おしいと感じていたのは事実だ」
「気付かせなければ良かったかな」
比野は肩を竦めた。本心なのだろう。
「僕は自分を否定してでもあの長い名前の魚になりたかったんだと思う。多分、人を好きになるってやり方を知らなかったから…でも、それはもう、昔の話だ」
鞄の内ポケットに仕舞い込んでいた写真を取り出し、比野へと向ける。
「留学する事にした」
「そっか」
「直ぐにでも来ていいって。二月になる前に行こうと思う。一年か、二年か…もっと長いかもしれない。それでね、」
何をどう続けるのか、環にも分からない。出た言葉が本心に違いないのだろうが、喉の奥まで生まれた言葉は、音には出来ずに飲み込んだ。
まだ、僕の世界は水槽の間際で、貴方に返せる程のものではない。
比野のコートを強く引き、一瞬だけその体温を確かめて離れた。
「俺は、彼が君を水槽の中に閉じ込めたくなる理由が分かるよ」
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