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時は、小説のページを捲る様に早く、四季を四つと移ろいだ。
比野楽器は、音楽教室としての歩みを初め、漸く一年を迎えようとしてた。
その記念に、初めての演奏会を催す。祖父の集めたピアノはそのままに隅に寄せ、開けたスペースが舞台代わり。まだ十人にも満たない生徒数だからこそ出来る即席だ。
花村ピアノからは、簡素な設営に不釣り合いな程大きな花が届き、意外にも慧が手伝いに来てくれた。
「郁也先生椅子足りないけど」
「あぁ、ごめん。裏だ」
中学に上がり、小さかった面影も薄く些か寂しく感じるが、それが成長という事なのだろう。
「せんせ、」
テキパキと動く慧を他所に、低い位置からズボンが引かれ、不安気な瞳がこちらを見上げる。
比野楽器の生徒の多くは、幼稚園児と小学校低学年の子供達で成り立っている。
レッスンもお稽古と言うよりは幼稚園の延長線で、それでも遣り甲斐はあり毎日学ぶ事は多い。
「どうかした?」
「弾けないかもしれない」
教室で一番小さな女の子だ。今年で四つ。弾き始めてまだ半年。知らない人が沢山いるのも、その小さな心を締め付けるのだろう。
しゃがみ込んで、小さな背丈に合わせてやる。
今にも涙が溢れそうで、大きく揺れる瞳に自分が映った。
小さな世界一杯に自分の顔。彼はこうして世界を創ったのかもしれないと思った。
「じゃぁ、先生が楽しく弾けるおまじないかけてあげようね」
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