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自分の中で真っ直ぐ、逸れるものは許さない。彼女の言葉にはそれが見え隠れする。良くも悪くも。
歯に物を着せぬ言い方に、人を傷つける事もあるだろうが、彼女のそういう所は嫌いではない。
遠回しの嘘より、横っ面を張られる程の直球の方が気楽だと知ったのは此処を出てからだ。
「呼ばれてるんじゃないの?」
環は一つ欠伸を噛み潰し、静かになった部屋に小さく溢す。
声を掛けた気配は敏感に動き、たっぷり時間を置いた後、捻くれた声が聞こえた。
「…アンタだって」
「僕は花村先生に許されて、此処に居るんだけど」
「でも、でも、一日弾かないと取り戻すのに三日掛かるって先生言っていた」
皮肉れた声と違わぬトーンで返せば、構われるかと思ったのか、相手は驚いたように声のトーンを上げた。
しかし、誰が其処に居ようと、今の環には関係なく、可能であれば部屋を出て行ってくれればいいのだが、煩くしないのであればそれでも構わない。
「それは弾ける人間の話だね、弾けない人間はもっと学ぶべきだと思うよ」
「…ヤな奴」
よく分かっているじゃないかと、拍手を送ってみようか。
自分に備わる自信を軽んじて居れば、それはやる気の無い様に見えるらしい。
どこに居ても、何をせずとも、環が通った道の後はそんな言葉続いてくる。
「そんなヤな奴の足元に居るのってどうなの?」
そろりと覗き込めば、膝を抱え込んで小さな身体を更に小さくした少年が一人。
今日、環が此処に来たら既に居た。
百合子が探していると言っていた、スクール生の寒川慧(そうがわ けい)だろう。
一瞬、目が合った気もするが、声を掛けるなと言わんばかりにそっぽを向かれ、そのまま。
僅かに開いた窓の事も気にも留めず、噂話に花を咲かせ始めた講師達のお陰で、彼も出るタイミングを失ってしまっていたのだ。
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