プロローグ

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プロローグ

 あおい潮の風味。鼻から吸いこんだ空気は、どことなくしょっぱく目頭に染みる。  その人物は海を見ていた。迫りくる海風に身を委ね、船一つ浮かばない遠い水平線を見渡しながら、ぽつり……夢うつつのぼんやりとした表情で、 「いよいよだ……」  腕を下げたまま、脚の横で拳が握られた。爪が手のひらに食い込む。能面を張り付けたような風貌の内側で、その人物の決意は熱く煮えたぎっていた。  これから起こる悪夢のような出来事はすべて、その人物の〝新たなる人生〟のために必要不可欠なのである。計画は概ね万全。古今東西の推理小説(ミステリ)を読み漁り、長い時間をかけてトリックを考えた。  躊躇いは一切無い。多分……無い。  右手を胸に当て、潮風を深く吸う。顔を上げれば、雲一つ浮かばぬ真っ蒼な空に突き刺さるように、強烈な太陽が輝いている。その煌々とした真夏の王者に目を細め、ゆっくりと息を吐きながら、再び海に視線を投げる。陽光を受けた海面は、手前の方からずっと向こうの水平線まで、白く反射してきらきらと道のように見える。
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