第1章

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俺は、結構弱い選手を舐めるから、このパターンで負けている。 個人の順位戦の旗判定が嫌いで、無理やり攻めて、相手の苦し紛れに返す技にハマるからだが、その良いカッコしいの性格も相手校に読まれていたという事だ。 話しが逸れたが、実力伯仲なら技有りで確実に勝つ為、そして実力が下なら、チームとして勝つ為に、当時は腰を引いて戦ったのだ。 では、あの決勝戦は? 首を使って組み手から逃げたとして原沢に指導。 それも開始早々、相手のリメールが背中を持って振り回したから…… 自然な流れで指導? 次は原沢が組めずに、何回か振り回されたら戦意不足=消極的で指導? 原沢が組もうとする腕を払うだけのリメールに、終了まで1分を切ってやっと組まないという指導。 その後も組みたがらないリメールが、指導の数の差で勝ち。 組みたがらない=戦意が無い=消極的という指導はこれ以外は無し。 結局、この決勝戦は、組まない世界チャンピオンと、組めずにいた原沢の、延々とした徒労だけで、技らしい技は無いまま終わってしまった。 審判に対する不信感と、柔道の試合とは思えない内容に、観客からはリメールに対してブーイングがあったが、あれは当然のブーイングだろう。 指導というルールを最大限に利用したリメールと、何とか組んで、技の勝負をしたい原沢。 正々堂々と闘おうとした原沢は、表彰式でも憮然とした表情のまま。 対してリメールは、得意満面で凄いだろうという態度。 確かに、ルールからはリメールが勝者ではある。 なりふり構わず、ルールを最大限に利用したのだから勝ったのだが、そこには美学が無い! 我々日本人は、どんな事にも美学を求めて来た。 それが道という言葉になり、茶道や華道から勿論柔道に剣道、弓道に空手道になり、料理道やラーメン道までの沢山の道になり、その1つとして『おもてなし』がある。 体操の内村も、絶対王者と言われる存在だが、内村とリメールの違いは美学のある無しだ。
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