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時刻は深夜二時を回っていた。
家の周りに街灯は無く、暗闇が延々と続いている。
聞こえてくるのは虫の声と草木のざわめきだけ。
生温い夜風を一身に受けながら、男は目を閉じて虫の声に耳を澄ます。
何も考えず頭の中を空にする。心が虚無に近付くにつれ、体がふわふわと宙に浮くような感覚が去来する。
十年前、男は騒がしい世の中から逃れたくて、実社会から疎隔された山奥に移り住んだ。
会社員の頃は仕事に追われ、上司にいびられ、ストレスでおかしくなりそうだった。あの頃と比べれば山奥での静かな生活は天国に思えた。
遠くで人の声が聞こえた。茂みを踏む音と共に、それは次第に近づいてくる。
暗闇に浮く白い二つの光を見て、男はため息を吐いた。
またか……。
男は苛立っていた。騒がしい世を嫌ってこんな山奥に居を構えたというのに、毎年夏になると何組もの若者達が静けさをぶち壊しにやって来るのだった。
「お~、マジであった!ネットで見た通りじゃん!」
髪を金色に染めた青年が男の家を懐中電灯で照らした。
「ホントにユーレーなんて出るの?」
鼻にピアスを穿った少女が顔を引き吊らせて言った。
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