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「行ってきます」
玄関のドアの前でお父さんと、お母さんに挨拶した。
お父さんの下手なカラオケが聞きたい。
お母さんの口喧しい注意も受けたい。
いつも口喧嘩ばかりしているアイツとまた喋りたい。
この静かな世界から、騒々しい世界へ戻りたい。
私は、だから旅に出た。
あては無いけれど、旅はいつか終わるから。
涙が出ないから泣かない。泣けない。その必要もないから。
旅が終わった時、泣こう。
それから、スケボーに乗って、直線を10m。鼻の奥の脳に近い部分に、イオンの香りを感じた。同時に、真空パックにされそうな圧力。少し落ち着いて、音が聞こえた。かすかな音だけど、波のような大きなうねりのある空気の振動。それは頭上から、空の上から聞こえる。スケボーを止めて、空を見上げると無駄に青い空と波のような雲が止まっていた。
三十度首を振ると、鯨のような飛行船のようなものが見える。静寂の中、初めて見た動くものは入道雲より大きく悠然と空を進んでいる。
世界を丸呑みしそうな圧倒的な規模のそれは、私を飲み込もうともせずに素通りした。ゆっくりと、空気の波をかき分けるそれの魚影を、私は必死になって追う。疲れ知らずなんだから、全力以上に全力を出して。
希望は、追わなければ見失う。
―完ー
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