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一階の受付で会計を彼女に任せている間、僕は隅の手洗いで用を足しに行った。
このボウリング場は内装が少し新しい。手洗い場が綺麗だったことに好感が持てた。通りで利用客が多いと思った。
これならまた来ようと思えるな。そうやって気を抜いた僕は、男子トイレの出先で人とぶつかった。
「――兄ちゃんどこ見とんねん? ああ?」
ガラの悪そうな男性にぶつかった。しかも喧嘩っぱやそうな方だった。
僕のシックスセンスがやばいと騒ぎまくる。男性は相撲取りの様に体が大きく、僕に逃げ道を作らせないよう、体で道を塞いでしまった。
僕は申し訳無さそうに「すみません」と言った。これでつばでも吐きつけられるだけで済めば、その方がまだ良かった。
何故か顔を覗きこまれた。
「兄ちゃん、さっき隣のレーンで投げてたやつやろ。見てたで」
僕は何を言われたとしても穏便にやり過ごそうと思っていた。最悪警察呼ぶなりなんなりして逃げ切ってやろうと思っていた。
でもその後、男性が言った言葉は、僕にとっては最悪の言葉だった。
「――ろくに投げも出来へん車いすの姉ちゃん連れて来といて、胸クソ悪いってなあ」
頭に血が上った。僕の中の何かが捻れて、ちぎれた。
「お前にあいつの何が分かるっていうんだ!」
気がついた時には僕は叫んでいた。
「陽子さんがどれだけ苦しい思い生きてきたのか、ホントは辛いのに泣かないあの人のことを分かって言ってるのか!」
こんな馬鹿に対して何もいうことなんて無いのに。ほらバカが呆れた目で見ている。僕の言葉なんか届きやしない。馬鹿だから何もわからない。愚かだから陽子さんの尊さなどわからない。
好きであんなものに座っているんじゃない。陽子さんは本当は走りたくてしかたがないのに。陽子さんの幸せは、本当はこんなものじゃないのに。
陽子さんは、本当はもっと幸せになるべきなのに。
僕は僕は「光一くん!」えっ。
男の正面から聞き慣れた声がした。と同時に、男の巨体がトイレ沿いの壁に打ち付けられた。男のうめき声と共に、彼女が僕の方に手を差し出した。
「――走るよ」
彼女は僕の手を掴んで引っ張った。
僕は男をまたいで彼女と共に精一杯走った。
――彼女の名前は『涼子』。陽子さんの妹だ。
そう僕は彼女と陽子さんの三人でボウリング場に遊びに来た。
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