明滅1・アイベツリク

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「貴方は彼の自殺を、なぜ止められなかったの」 幾度となく訊ねられたひとつの質問は、私にとって愚問だ。葬儀の黒いスーツに、私の長い黒髪は同化している。立ち上がる動作に呼応して、丸みを帯びた体のラインに沿って流れていく。肩のところでさっと髪を払うと、参列に来た彼の友人とやらに向き直った。茶髪をミディアムヘアに切りそろえた女は誰なのだろうか。 「残念ながら、そうだけれど」 消した語尾に、だから何と付け加える。あんたなら、どうしたっていうの。ぎゅっと色のない唇をかみしめた。相手はベージュピンクのリップスティックをひいている。化粧をして葬式に参列するだけの余裕があるのね。燈智(とうち)がいなくなっても、自分の見た目に気を配るだけの余裕があるのだ。 かけがえのない人間がいなくなって、取り乱さない人間はいない。目の前の女性は死者に対して、消えたとしても自分を保っていられる距離の存在だと感じている。私は違う、私はあんたと違うのよ。私にとって彼は生々しく息づき、肉が内部で触れるほど近い存在だった。 先ほどから自殺の兆候はなかったかだの、引き留めるだけの存在になれば良かっただのと、おせっかいな人が言う。はじめは真摯に聞いていたが、自分勝手な意見を押し付けられているのだとピンと来てから右から左に流し始めた。他人は好き勝手なことを、ほざくものだ。 同棲していた男が死んだ。自死という形でだ。それだけで同居者は責められるものらしい。 鬼のように責める人もいれば、かわいそうにと囁く人もいる。同情を寄せる人の双眸は星屑のようにキラキラと光っている。上辺の思いやりの裏側に、好奇心というガラスの破片を隠しているのだ。私はそれで足の裏を切るはめに陥った。チクチクとして居心地が悪い。何度も居住まいを直す。現に読経の間に正座をしていた両足は、しびれを通り越して痛みを覚えていた。 なぜ死んだかは、私が一番よく知っている。燈智はある良心の呵責に負けたのだ。あの人は肉親にも、悩みを打ち明けてはいない。打ち明けてはいけない一件だった。特に彼を心から愛するものには。内情を知っているのは私だけだ。
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