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「さあ、お乗りなさい」
車掌がおいでおいでするようにヒヨを誘う。
「ヒヨ」
俺はヒヨに近付き、ヒヨの華奢な体を抱きしめた。
「……!」
ヒヨは驚くが、突き放しはしなかった。
そしてトウヤは耳元で、囁くように、ゆっくりと言った。
「僕きっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます」
「そのときまっくらな地平線の向こうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました」
「そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました」
「ああマジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ」
「ジョバンニは唇を噛んで、そのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。そのいちばん幸福なそのひとのために」
必死に暗記した、一節だった。
トウヤのたどたどしく、長い音読を、ヒヨはその腕の中で聞いていた。
「トウヤ君…?」
「カムパネルラと別れたジョバンニは言った。自分には成すべきことがある。きっと幸福を探して見せると」
「……」
「きっとお兄さんだって死にたくなかっただろうな。でもカムパネルラが命を賭して友人を助けたように、自分の中で譲れない大切なものを守ったんだ」
抱きしめていた腕を解いて、今度はその手をヒヨの肩に置き、その瞳を見つめる。
「俺は銀河鉄道の夜、そんなに寂しい話とは思わなかったよ。いや、寂しいけど、それでも生きてく強さっていうか…」
ああ、もっと普段から本読んで、語彙力があればな、とトウヤは後悔した。
でも、ヒヨにはトウヤの気持ちが伝わったようで、彼女は、微笑んだ。
それはもう寂しげな笑顔ではなかった。
「ありがとう、トウヤ君」
そしてヒヨは今度は自分からトウヤに身を寄せ、その唇に口づけた。
いつの間にか銀河鉄道は、学校を離れ、小さな光の粒の連なりのようになって、彼方へと向かっていた。
もはや二人を照らすものは、淡い月の光のみ。
でも二人には、ちゃんとお互いが見えていた。
お互いの体温が、確かに、生ある者の温かな安らぎを伝えていた。
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