吸血城の夜

9/15
前へ
/41ページ
次へ
   「これは、すまないね、食事まで出してもらって」  旅人がテーブルに置かれたスープを前にして申し訳なさそうに言った。    「いいえ、お客様をもてなすのは、当然の礼儀ですもの」  マルグリットは大層愛らしい笑顔で言った。  それを見て旅人は、愛おしいものを愛でるように、マルグリットの頭を撫でた。  「……何ですの?」  「いや、君がとてもしっかりしていると思って、ついね」  「つい?」  「ああ、僕には娘がいるんだが、丁度君くらいの年でね。たまにお手伝いをした時など、こうして頭を撫でてやると喜ぶんだ」  「……そうですの」  マルグリットは、少し放心していた。    「でも失礼だったら謝るけど」  「別に気にしておりませんわ。それより早くスープをお召し上がりになって。冷めてしまいます」  「そうだね」  マルグリットに促されて旅人はスープをすくって口に運ぶ。  濃厚なトマトの酸味が口に広がり、熱い液体が体を温めていく。  「すごい、これは執事さんが作ったの?」  「そうですわ。さあ、どんどんお召し上がりになって」  「ああ、そうさせてもらうよ」  そうして何杯目かを飲んだ旅人は、当然ながら強烈な眠気に襲われ、テーブルに突っ伏してしまった。  「……」    それを見届けたマルグリットは、姉に報告する。  「よくやったわ、マルグリット。さあ、グレン、あの旅人を客室にお連れしなさい」  「はい、フェル様」  「……」  「マルグリット、何を俯いているの?」  いつも陽気なマルグリットが、珍しく思案顔なので、フェルが心配して問いかけた。  「いえ、何でもないですわ、お姉さま」  「そう、それならいいけれど。さあ、次はあの男を懐柔するわよ」  「はい、お姉さま」
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加